一般社団法人 ムーンライト
https://www.moonlight.or.jp/
定休日:土・日曜・祝日
受付時間:9:00~18:00
- 京都府 若者等就職・定着総合応援事業(実践的就職支援事業)
明けない夜はない。経営者視点で就労支援する伏見区「ムーンライト」のカウンセリングが笑顔で溢れる理由。
京阪藤森駅から西へ「京都市青少年科学センター」に向かって歩くと、南側の住宅街の一角に「一般社団法人ムーンライト(以下、ムーンライト)」のサテライトオフィスがあります。
「ムーンライト」は働き方を応援しキャリアアップを支援する団体です。事業は就労支援、企業内人材教育、セミナーの3つです。代表の齋藤三映子さんに就労支援についてお伺いしました。
ムーンライト理事長の齋藤三映子さん
14年前にひきこもりだった人たちとカフェをオープンしたのがはじまり。
「京都府初のひきこもり当事者就労支援事業をムーンライトが14年前に受託してます。それまではひきこもり当事者の就労支援事業がなかったんですね。ひきこもり当事者という定義は障害者さんではなく、健常者ということで一般扱いです。だから努力次第で、『もう少し本人のやる気があれば、働けるんじゃないか?』と思われ続けてたんですね。」
14年前の出来事を斎藤さんは振り返ります。ひきこもり当事者の居場所に行って話を聞くと、彼らは意欲はあるけれど、どうしても仕事がマッチせず、無理して職場に行き、またしんどくなるのを繰り返していたそうです。本人のやる気の問題ではなく特性だ、と理解してもらうのは、今よりずっと難しかったようです。
斎藤さんからムーンライトの名刺と、有限会社エスアールフードプロデュース(以下、エスアールフード)の代表取締役の2枚の名刺をいただきました。28年前から食品企画開発の仕事を行い、京都府の異業種交流会「京都産業21環の会」の会長もされているそうです。
「いろいろと勉強会を開催する中で、社会課題を解決するのも、やっぱり経営者として必要だということで、『事業の中に社会課題の解決を自然に取り入れられたらいいよね』という流れで、エスアールフードの事業としてはじめたんです。もともと飲食業を行い、店舗プロデュースもしているので、カフェを立ち上げて、働いたご経験がないひきこもり当事者10名に就労してもらう企画書を京都府さんに出したら通りまして。」
6月に採択され、9月にはそのカフェを完成させてオープンしたといいます。急ピッチながら斎藤さんは失敗するイメージがなかったそうです。
「調理や販売のスキルがないアルバイトさんだけで飲食店舗をまわした経験があるので、スキルに関してはまったく経験がなくても問題ないと考えました。」
9月に京阪中書島駅近くの龍馬通り商店街で「月のとき」という店舗名でオープンし、当時の山田啓二知事や観光協会の人たちも来られたそうです。コロナ禍の影響でお店をクローズするまで14年間営業していたのだとか。
エスアールフードで店舗を運営していると営利目的の事業に見えるということもあり、「一般社団法人ムーンライト」が誕生したそうです。発起人は斎藤さんを含めて全員経営者。
「異業種交流会の代表をしているので、就労体験場所や就職先に困らなくて、ネットワークがあるのがうちの団体の強みです。中小企業はどこも人材不足でなかなか定着しないという悩みがあるので、ちょうどそこに対象者さんが定着したらお互いにいいよね、という話からこの事業がはじまりました。」
斎藤さんは経営者視点で、ひきこもりの人が旅立つための就職先など出口の部分を深堀りするように心がけたといいます。
「私が居場所を回ったときは『この子たちにはまだ早い』とか言われたのですが、人間って意欲があるときに出口が見つかれば、就労体験であってもスムーズに状況を変えられるんじゃないかと思っています。それが私の持論です。」
就労先のひとつで、カフェ1期生が現在社長をしている。
「研修生に来てもらって、自分がどんな人間であるか、どんなことができるのか、できないのかをお聞きします。就労支援先には本人の得意なスキルをもとに採用してもらい、無理のないようにしてもらっています。例えば人前で話すのは不得意だけれども、バックヤードで地道にフォローアップするのが好きな方には事務方を勧めるなどしています。」
講座はサテライトオフィスのリビングのゆったりとした空間で開催されます。利用者は上期5名、下期5名で年間10名です。就労体験先の企業へ見学に行き、本人の希望を聞いて選ぶといいます。
「見学してから就労体験してもらうんですが、私は会社を経営していて、規模感も中身もわかっているので、割とマッチングできますね。」
卒業生の8割は就職しています。なんと、見せていただいたパンフレットに写っている会社の社長は1期生の方だそうです。
「ものづくりの会社で社長をしています。当法人の動画(記事の最後で紹介します)にも後ろ姿で登場します。13年間ひきこもっていた彼が『月のとき』の1期生として店長をしてくれていました。そのあと1年ぐらいで就職して、結婚して、子どもができて、と急展開でしたね。」
最初に出会った頃は、外に出ようと思うと震えが来る状態で、ずっと家にいた方だったといいます。
「保護するというのもすごく大事ですが、羽を休めていても、人間ってやっぱり欲求が出てくるんですよ。何にもせずにぼうっとしていると罪悪感をもったり、いろんなことを考えてしまいます。でもそれはあんまり良くなくて。不安を訴えかけられたら、『大丈夫やで』 という言葉でずっと押し通したんですよ。」
カフェオープン前に、サンドバッグ状態で詰められた。
「月のとき」をオープンされた当時のことを斎藤さんに振り返っていただくと、“明けない夜はない”と感じるエピソードが聞けました。
それはオープン間際のこと。3か月のトレーニング期間中、斎藤さんの知り合いのホテルのシェフから調理を学んでもらったといいます。
「仕事に慣れてもらうためにトレーニングを積んでもらう期間ですが、彼らはできない理由を言ってくるんです。それで、できない理由をひとつずつ解決していくと、できない理由がなくなってしまったんです。そうすると彼らはやるしかない、逃げられない状況になってしまって。そうしたら『ひきこもりのことを斎藤さんはわかってない』って言われたんです。」
ある日突然呼ばれて、10人が結託して、サンドバッグのように「わかってない、わかってない、わかってない」って言われたのだとか。
「その時、サンドバッグになりながらも『これはうまくいく』と思ったんですよ。なぜならひきこもりの方は、相手を攻撃できないから自分を攻撃するんですよ。だから説き伏せず、『ひきこもりの経験がないから教えて』と言いました。彼らはもう大人なので、お店に来ないという選択肢もあります。でもそうしないのは、やっぱり何か彼らの中に変化が起こっている。その変化の中にある課題をひとつずつ解決していけば、絶対うまくいくと思ったんですよね。」
さらにオープン前のある日、2度目の呼び出しがあったといいます。
「『うわ、第2弾がきた』と身構えました。扉を開くとみんなが並んでいるんですよ。モゾモゾしてるし、なんかいつもと雰囲気が違うなと思ったら、花束を持ってきて私に渡してくれたんです。私は号泣しました。彼らのことを真剣に思ってやっていることが伝わったと感じた瞬間でした。」
そんなドラマチックな就労支援を14年続けてこられている中で、斎藤さんが課題に感じていることを聞くと、「最初の頃はひきこもりの居場所さんのところに声をかけて、仕事をしたい人に手をあげてもらい、うちで預かるというやりとりが多かった」と斎藤さんは言います。
「最近はまだ家から出られない人ばっかりで、うちには研修生が来ないという状況が生まれました。就職氷河期世代のひきこもりの方も増えているし、就職できない人たちは多いのに、どこにひきこもり当事者がいるのだろうか、というのが課題です。」
就労前のカウンセリングは笑顔であふれる時間。
最後に気になっていたことを斎藤さんに質問してみました。
ウェブサイトの写真を見ると、ムーンライトの就労支援プログラムはたいへん楽しそうです。なにか秘訣があるのでしょうか。
「正解がある質問ではなくて、人によって答えが違う問いに答えていくことで、自分の職業観に気づいたり、自分のことをどんどん深く知っていくプログラムなので、めちゃくちゃ楽しいです。動画でも映っているんですが、拍手が起きたりします。自分に自信がなくて、『何も持ってないんですよ』と言う人も、話してみるとちゃんと職業観を持っていて、それを就職に結びつけられたらいいし、その価値観もそれが大切と思ったら、それに見合う会社を探していければいいなと思っています。」
ムーンライトの活動に関心をもった方はぜひLコネクトまでご連絡ください。どんな内容でもお気軽にどうぞ。
取材・文/狩野哲也
取材日/2022.07.04